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2009年7月

梅雨が明けませんねぇ…

明日から8月ですね。

モニタリング訪問は無事に終了しましたか?

私は無事に終了をいたしました。(ていうか、終了しなければ大変ですね)

しかし、明日から8月というのに梅雨が明けません…

夏が来ない…

今日の朝のニュースでは1993年の冷夏の時と天気図が似ているとか…

太平洋高気圧の勢力が弱く、今回は梅雨前線が日本上に居座っているとのことで、このまま太平洋高気圧の勢力が強くならなければ1993年の再来?

そうなるとまた、米不足が心配…

野菜とかも生育があまり良くないらしく、価格が1.5倍から2倍になっているらしい…

梨なども雨の降りすぎに水々しいだけで、甘くないらしい…

地球温暖化のためなのか?

もしかして、季節が全体的にずれてくるのかな?

とりあえず、1993年のような米不足にならないことを祈りたいですね…

ではでは…

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たまに読んでる…

今日、金沢市で災害時要援護者支援検討会があり、ケアマネ代表の委員として参加してきました。

話しを聞いていると、自分の知らないことが多く、「私がこんな所に参加をしていて良いのか?」とも思いつつ、意見を言うところか、大変に学ぶ方が多い委員会でもありました。

さて、その委員会にいつも仲良くさせていただいている、お年寄り地域福祉支援センター(金沢市では地域包括支援センターをこう呼ぶ)のHさんがきており、帰り際に久々に少し話しをしていると…

「たまにブログを読むよ」

と…

「一つだけ、違うと思うのは介護予防については、地域包括支援センターが全部するのではなく、みんなですべきと思っている」

「結局、予防が生まれた背景には支援費を下げようと言う根本的な考え方がある。そもそも予防と介護を分けることに問題がある」

そうなんです。

まさに、その通りなんです。

そもそも、予防と介護に分けること自体が間違えで、分けたばかりに制度自体が非常に分かりにくく使いにくい物になった。

さらに、要介護認定の判定の段階で要介護1を基本的に要支援2へ振り分けてしまっていること。

そして、今回の新しい認定調査では主観的な判断は入れないと言うことで客観的に見て出来る場合は「出来る」と判断されるため、脳梗塞後の後遺症で重度の片麻痺があっても時間をかけて自分でしている人は「要支援2」と判定されてしまう。

逆に麻痺などは無くても、精神的なうつ状態がある場合は「要介護1」と判定される。

片麻痺がある人はリハビリを継続的にしたいと思っても、要支援2と判定されれば、結局は自分の思うとおりのサービスを利用することが出来なくなる。

そして、さらに問題なのは今回の認定調査では特記事項が重視されるが、認定調査員では本当に何に困っているのかを十分に特記事項に反映をさせることが難しい事であると思う。

当たり前のことである。わずか1時間弱でその人の生活の困っていることが全て分かるはずがない。そのような状態で客観的にチェックを入れてきちんとした特記事項が書けると思う方がおかしいようにも思う。

結果的にいつまで続くのか分からない特例措置を設けて、同じ介護度を継続できるようになっている。

おまけに、予防者と要介護1に対して事実上の給付制限を設けたこと…

そこまでしなければならなかったのだろうか?

結果的に使いたい物が使えない制度を作っている。

予防プランについてもなぜ、介護プランと書式を変える必要があったのか?

介護プランと別に同じ形式でするか、もしくは介護プランも予防と同じにしてしまえば、まったく面倒はなかった。

今、居宅介護支援事業所が予防プランをあまり受けたくない根本的に理由、予防プランが介護プランとあまりに違うため作成に時間がかかることと、支援費があまりにも安いこと

いくら二人で一人分としても、高く見積もっても8000円程度(今回の改正で3%上がっているけど)

しかし、実質、ケアマネにかかる負担は一人分の訳ではなく、二人分の負担がそのままかかる。

経営上から言えば、まったく割に合わない話しになってしまう。

結局は単独での居宅介護支援事業所はもらえる支援費のなかで運営をやりくりしなければならず、結果的に予防を多く支援すればするほど、マイナスになってしまう。

大手の法人であれば問題は無いのかもしれないが、個人での単独ではリスクが大きいのが現実だと思う。

そもそも、予防自体に効果があったのだろうか?

その効果っていったいなに?

要介護者が減ること?

それとも、給付が押さえられること?

きちんと一度、国が評価すべきではないだろうか?

地域包括支援センターが予防プランだけに振り回されていては意味はなく、地域包括支援センターにはもっといろいろな役割があるわけで、Hさんが言われるとおり、予防プランについては地域の居宅介護支援事業所と数に関係なく協働で行い、地域の居宅介護支援事業所がする場合はきちんと介護と同じ支援費を支払うべきであろう。

そうすることで、地域包括支援センターも本来の機能の充実をすることができる。

さらに言えば、プランもそろそろ統一化をして欲しいと思う。

給付も予防と介護を分けるような不効率な事はせず、居宅介護支援事業所でも管理できるように早急にしなければ、予防で地域包括支援センターがパンクしてしまう事も今後、考えられるような気もしませんか?

包括単価の考え方もやめねば行けない。

包括単価は結果的には都合の良い給付制限である。

福祉の心は奉仕の心かもしれないが、裕福であれば奉仕も出来るがただでさえ、どこの事業所もギリギリの運営をしている中で、奉仕など出来るわけがない。無理をして奉仕をすれば、今度は自分たちが奉仕を受けなければならなくなる(=経営不振=失業)

そろそろそんな甘い考えをすてて、真剣に来るべき高齢化社会への対策を考えなければ、いけないのではないでしょうか?

批判ごっこをしている場合ではないと思います。

消費税については税が不足している以上、上がることはしかたがないことなのだと思うけど、上げた消費税を無駄に使うことだけはやめて欲しい。

はなはだ素人的発言ではあるが消費税を上げるのなら、消費税という曖昧な形ではなく是非、社会保障費税として特定財源化して欲しいものである…

Hさんどう思います??

追伸 やはり、身近な人が意外と読んでいる…

    あまり変なことは書けませんなー

    m(。-_-。)m スイマセーン

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赤とんぼの群れ…

お疲れさまです。

もうすぐ8月だというのに夏らしくない天気が続いていますね…

やはり、地球温暖化による気象の異常なのでしょうか?

集中豪雨や竜巻…いままではあまりなかった災害が頻発していますね…

今日の話題は赤とんぼの群れ…

赤とんぼと言えば9月を過ぎると昔は家の周り中に飛んでいたのですが、いつの頃かほとんど見かけなくなりました。

そう言えば最近は稲作の方法も変わったのか水田の水が一時的に少なくなるときがあります。

そのためが、今年は水田でオタマジャクシを見かけませんでした。

昔はオタマジャクシはもちろん、タニシやヤゴ(トンボの幼生)などもよく見かけました。

なんて思っていたら、内の事務所の前の休耕田(定期的に草刈りはされているが、雑草は強い!数ヶ月で野原になっています)に赤とんぼの群れが飛んでいました。

その数にも驚いたのですが、時期的にもおかしいですね。

本来、秋口にあらわれるのですが、なぜか7月に飛んでいます。

シオカラトンボではありません。

あきらかに赤とんぼです。

ただ、気温のためなのかは分かりませんが、まだ赤みはそれ程強くはないです。

なんだか、昔をなつかしく思いました。

赤とんぼは不思議なことに水田の稲の上か休耕田の緑のある部分だけに飛んでいます。おそらく、小さな虫が飛んでいるのだと思います。

しかし、この時期にというのは、やはり異常気象なのでしょうか…

ちなみに私の家はあの前田利家のお墓のある野田山のふもとです。

今は大きな外回り環状線という道路が走っていますが、私が小さい頃は周り一面田んぼでした。

野田山は前田利家のお墓を筆頭に墓地が多いのですが、子どもの頃はそんなことも気にせずに、朝の3時頃から墓地にはいりカブトムシやクワガタムシを取りに行った物です。

なので、墓場を怖いと思ったことはあまりありませんでした。

ただ、伝説で前田利家のお墓の後ろにはカブトムシやクワガタムシが大群でいると言われていましたが、そこに行くと呪われるとかという話しはありました。

今でカブトムシやクワガタムシはいるのだろうか?

でも、今は取りに行きたいとは思わないですね…

年齢を感じます…

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電動三輪・四輪車供給適正化事業調査委員会への参加

おつかれさまです。

ケアマネの皆さんはモニタリング訪問で大忙しというところでしょうか?

たまに見ていた、某ブログでは「佐川」と呼んでおりました。

気持ちはわかるように思います…

さて、今日は電動三輪・四輪車供給適正化事業調査委員会の話し。

先日、2回目の委員会がありました

この委員会は電動三輪・四輪車をより安全に利用してもらうためにはどうしたらよいか?と言う事を話し合う委員会です。

1回目の委員会でケアマネと福祉用具貸与事業所へアンケートを実施してはどうか?と言う事で、実施後の結果が出ておりました。

アンケートの内容は勝手に書くことは出来ないので、きちんと公表されてから別の機会に書くとして、問題はもっと別の所にありました。

実は金沢では意外と介護保険で借りている人が少ないと言う事です。

介護保険で借りるときはアンケート結果から見る限り、ケアマネも福祉用具貸与事業所も利用者さんが正しく使えるか?と言う事をある程度、きちんと評価をして貸しており、やはり事故が怖いので簡単には貸したく無いと言うことが伺えました。

では、何が多いかというと、メーカーからの直売もあるのですが、それよりも一番多いのはホームセンター等での販売です。

しかし、委員会の中ではこのホームセンターへの販売に関しては今のところ、どうすることも出来ないのが現状ではないかと言う結論になりました。

しかしながら、せめて介護保険での借りる場合においては何らかの評価するツールがあった方がよいのではないか?

と言うことで、それを考えることになったのですが、実はすでにテクノエイド協会から電動三輪・四輪車適合チェックリストなるものが出来上がっており、それを参考にと言うことにはなったのですが、内容を見ると意外と評価がやりにくい…

そこで、金沢でのオリジナル版を考えると言うことが提案され、次回はそれについて考えることになりました。

ただし、テクノエイド協会が作った物でも同じなのですが、あくまでも評価ツールなので、なんの強制力もありません。

それであっても、「どうしても借りたいんや!」と言われれば、どうすることも出来ない、しかし、貸す側は責任問題もあるので、「貸せない」となれば、お金に少しでも余裕があれば結局、ホームセンター等で購入という手段に走ります。

そうなれば抑制のすべはありません。

やはり、最終的には販売店に関してもしっかりとした売る側の責任を考えてもらわなければならないのだと思います。

その当たりについても、今後、検討の予定をしておりますが、一番、頭の痛いところです…

ちなみに、電動三輪・四輪車は「歩行者」の扱いという事を皆さんは知っていましたか?自転車などのように「軽車両」ではないので、歩道も走れるし、基本的には右側通行、十分な広さがあればお店の中でも利用できます。

と考えると、電動三輪・四輪車をそもそも「歩行者」と扱う、「道路交通法」の方を変えなければ難しい問題もあるのかもしれませんね。

みなさんはどう思いますか?

ちなみに、テクノエイド協会の作成した電動三輪・四輪車適合チェックリストは

http://www.techno-aids.or.jp/research_report.html

からPDFファイルをダウンロードしてください。(テクノエイド協会のHPのトップページから「調査研究報告」をクリックすると同じ所に行けます)

ご参考までに…

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日食をみましたか??

お疲れさまです。

世紀の天文ショー!?46年ぶりの皆既日食

各地で部分日食が見えるとの事で楽しみにしていたが、日食グラスが手に入らず、見るのをあきらめていたのですが、やっぱり見てみたい…

なんとか見えないか?

朝のテレビでピンホールの穴から写して見られるというのを言っていたので試してみたら、見えるは見えるがとっても小さい…

実物はどうだ?

と見上げると…

ただ、まぶしいだけ…

がーしかし!!

あれよあれよと厚い雲が太陽を覆った瞬間!!

おー!見えた!

天気が幸いして、雲が厚いと光を遮ってちょうど良い具合に見える!

あまり長時間見ると良くないと分かりつつも、見てしまうものですね…

携帯で写真を撮ってみました。

090722_105601

携帯なので、画質はイマイチ&小さいですが、三日月のように太陽が見えています。

やはり、感動ですね。

次回は26年後、石川県では皆既日食が見えるらしいです。

しかし…

自分は元気で生きているか?

ちょっと微妙な年齢かも…

みなさんは見ることができましたか?

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皆既日食

明日は晴れるかな?

明日は46年ぶりに日食が見ることができますね。

皆既日食が見られるのは奄美大島北部、屋久島、種子島南部で、他の地域では部分日食が見ることが出来るらしいです。

日食は沖縄で明日の9時32分から始まり10時54分が最大、12時20分に終わる。

北に行くほど始まりが遅くなるようで、京都が9時47分ころなので、金沢では9時50分頃からと思われます。

金沢当たりでも、70%くらいは月に隠れるようです。

これはちょっと楽しみかも…

今頃になって日食を見たいと思い、日食グラスなど買わなくてもなんとか見れるだろうと思って調べたら、なんと、日食グラス以外のもので見ることは非常に危険らしく、失明の危険もあるとか…

いくら、真っ黒なもので、まぶしくなく見ることが出来たとしても、赤外線を予防することが出来ないらしく、長時間見続けると網膜が焼けるそうです。

昔、小学校の時にガラス板にすすをつけて見る方法も習ったような気がするのですが、それも現在では危険とされているらしいです。

素直に、日食グラスを買った方が良いようですが、今頃になって騒いでも後の祭りですでに売り切れで手に入らないらしいです…

うーむ残念…

みなさんは準備万端でしょうか?

しかし、何よりも大切なのは明日の天気ですね。

晴れなければ太陽を見ることすらもできなですから…

晴れることを祈りましょう!!

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ケアマネの病院受診の付き添い…

海の日の今日、何をしていますか?

わたしは事務所に居たりします。

ケアマネの仕事は在宅支援という性質上、どうしても家族の中に深く入らざるを得ない仕事です。

いつも書いているのですが、そんな中でも家族に引きずられる事なく、いかに家族の力を引き出すかを常に頭に入れて支援をしないと、いつの間にかケアマネが家族になってしまっている場合も見られます。

良く、病院へのケアマネの付き添いの話しが「ケアマネが病院に付き添ってはダメなのか?」と言う、質問が見られるのですが、病院に付き添っていくことがダメなのではなく、「付き添っていく事への意味がどこにあるか?」が問題になります。

そうです、「何のために付き添っていくのか?」が重要なのです。

一番ダメなのが、「家族が居るのに誰も付き添ってくれないから、代わりに付き添っていく。」

これが一番ダメです。

一度、これをしてしまうと、家族がケアマネが付き添ってくれると思いこみます。

もちろん、これをしてしまったケアマネに「なぜ付き添っていったの?」と聞くと、必ず、「本人さん一人では、きちんと話しをしたり、聞いたりできないから」とか、「本人さんの現在の状況を知りたいから」と言う事を言われます。

確かに正当な理由です。

ただ、そのためにケアマネが送迎をしたり、手続きをケアマネがしたりしていなければの話しです。

一人暮らしの人で、受診日に合わせて、一緒に医師と会う。もしくは利用者さんと病院で待ち合わせをして、一緒に話しを聞いて欲しいと言う場合は全くかまわないと思う。

しかし、本来、家族がすべき事だが家族がどうしてもできないから、代わりに行くと言うことは絶対にすべきではない。

よほど生命に関係しない限り、家族の力を引き出す事への努力をしなければならない。

努力をしても家族がどうしても付き添えない場合であっても、サービスを利用して受診をすることを考え、提案をする。

そして、自分は受診の付き添いとしては一緒に行けない事をしっかりと家族へ伝える。

当然、院内の付き添いは介護保険の適応外であることはしっかりと説明、院内の付き添いは私費のヘルパーを利用する事になることを伝え、それにかかる料金についても説明をする。

そう言うやり取りの中で、家族が家族としての役割に気づいてもらう事が大切になる。

当然、「なんで、介護保険でダメなのか?」と言う不満も言われますが、それは、こう言うときにこそ、「制度」のせいにしましょう。

と言うか、「制度」をきちんと知ってもら事が大切で、制度でおかしいと思うところを使う側の人が知ることでまた、「制度」を変える力になる。

これを、無理にグレーゾーンで対応をしてしまうと、国は「なんだ、大丈夫なんだできるんだ」とどんどんと制度を割り方向へと改正を進める。

これが今の日本の国の社会保障のあり方なのです。

なので、サービス使う側の人が制度を理解し利用し、サービスを提供する側も制度を守る事をしなければ、制度は決して良い方向にはならない。

制度上、出来ないことは出来ないとしっかりと伝え、代替え手段をしっかりと伝える。そうすることで、制度自体を良い方向に変えていかなければならないのだと思う。

おっと、話しがそれてしまいましたが、

結論的にはケアマネの付き添いは家族の代わりとして付き添うのはすべきではなく、家族も付き添うけど、家族だけでは話しが上手くできない場合は、付き添うことは良いが、病院で待ち合わせる。

そして、受診までのサービスについては手配をきちんとする。(家族で受診が大丈夫な場合は良いが…)

あくまでも、家族主体で、不足する部分を補うことが大切なのである。

重要な受診にケアマネが付き添って行って、主治医からの重要な話しを家族にケアマネが伝える。

これは、決してすべきではない。

家族ではないのだから。

主治医からの話をケアマネが伝えても主治医から伝えるのとは重みが違います。また、重要な話しであれば、主治医も当然、「ご家族に直接」となるはずです。

ケアマネが主治医へ伝えたいことがあるのであれば、受診に同行はかまわないが、先にも書いたように受診先の待合室で待ち合わせ、主治医に許可をもらい診察に同席させてもらうこと。あくまでも家族ではないので、自分がどういう立場なのかを主治医に伝えることを忘れてはならない。

一人暮らしで、近くに家族もなく、やむを得ない場合もあるだろう。

そうであっても、家族ではないから、主治医に自分の立場を伝えることは非常に重要である。

最後の責任をケアマネが請け負うことはけっしてできません。

ケアマネは自分を守ることも大切になってきます。

救急患者のたらい回しも、結局は医師が自分を守る事の結果であり、現代の医療や福祉は何か問題があれば結局はサービスを提供する側が訴えられます。

そうなれば、自分を守ることも考えなければ、国が代わりに守ってくれる事はありません。

悲しいかな、これが現実の社会なのだと思います。

ある意味、われわれケアマネも制度を守ることで、守られている訳で制度がおかしいのであれば、制度を変えるための努力と、利用する人に制度を知ってもらい、利用する側の人からも制度を変えるための”声”を上げてもらわなければならないと思う。

これは、医療も同じだと思う…

みなさんはどう思われますか?

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白紙が…

気づいたら白紙のページがあった。

記事を書こうと開いて、結局、記事を書かないまま更新をしてしまったらしい…

連休には言ったら、更新が止まってしまいました。

ごめんなさい…

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ALSの方のブログのご紹介

お疲れさまです。

昨日は夕方からルーターが不調で、インターネット&メールの送受信がOUTで、更新も出来ませんでした…( iдi )

さて、今日はALSの方のブログのご紹介です

興味のある方は、是非、アクセスしてあげてください

http://icp2009.seesaa.net/

ご紹介のブログはALSという疾患を患いながら、パソコンを使って仕事をしている方です。

病気があっても自分らしく”生きる”と言う事の大切さを感じます。

ALSは皆さん知っていますか?

筋萎縮性側索硬化症という病気で、簡単に言えば筋肉がだんだんと自分で動かせなく難病で最後は呼吸筋も動かなくなるため、生きるためには人工呼吸器が必要になります。

想像してみてください。

もし、自分がALSになり、徐々に自分の自由が奪われていったら…

ある意味、癌よりも過酷な病気だと思います。

癌は余命を宣告されれば、死を迎えるその日までに自分のしたいことを考える事もできます。

しかし、ALSの場合は最後の”生”か”死”を自分で選択をしなければならない時が来るのです。

呼吸筋がおかされ、自分での呼吸ができなくなり、言葉も話すことができなる。そうなると、生きるためには人工呼吸器をつけるか、つけないかの選択を迫られます。

”生”=すなわち、人工呼吸器の選択

”死”=すなわち、人工呼吸をつけない

ALSという疾患があっても、人工呼吸器をつければ生きることは出来ます。しかし、今の日本ではいったん、人工呼吸器をつけると、自らの意志で人工呼吸器を外すことができません。

人の”生”に対する価値観は人によって違ってくる。

人によっては「動けなくなってまで生きたくない」という人もいれば、「動けなくなってもまだまだ出来ることはある。生きる」という人もいます。

どちらも間違えではありません。

それがその人の生き方だと思います。

あるALSの方が

「目も見えなくなり、自分で意志を伝える手段が全くなくなったら自分は生きているのかわからない。そうなったら呼吸器をはずし欲しい」

と言った事がありました。

それを聞いたとき「そうだよなぁ…目も開けられず、言葉も出せず、意志を伝える手段がなくなったら、自分の”生きる”意味について考える気持ちは分かる…」と思いました。

しかし、外して欲しい時期が来ても、そうなった事実を周りの人は知るすべがない…本人も伝えるすべがない。

ましてや、今の日本で呼吸器を外す事は非常に難しい。

人の生死の問題は難しいですね。

生きる事への自己決定と死ぬ事への自己決定

決して、自殺を肯定する者であってはならないが、人工呼吸器をつけてしまうとなかなか外せないと分かっている日本では、ALSに限らず人工呼吸器を選択するかどうか迫られたときに「つけると後からはず事は難しい」と説明されれば、その選択は本人にとっても家族にとっても非常に”酷”な選択だと思う…

人は生まれたときから死に向かって生きている。

その授かった生を意味のあるものに出来るように生きなければならないと思う。

たとえ、病気になっても、自分にとっての”生”の意味を考えて生きていきたいですね。

ちょっと、真面目なはなしになってしまいましたが、ALSという疾患になっても、意味のある人生を送る手段はあると思います。

ブログに出てくる方たちは、本当にがんばっておられます。

私もがんばらねば!

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利用者さんのファイルの管理

お疲れさまです。しかし、暑いですね…雨が降らなければ激暑でございます。

さて、今日の話題は利用者さんのファイルの管理…

皆さんは利用者さんの書類をどのように管理していますか?

二穴リングのファイルケースもしくは四穴でしょうか?

私の所はニックさんがだしているケアプランファイルというやつ

ポケット形式になっていて、ポケットの数は2ポケットから12ポケットまであり、ポケットの数によって価格がかわります。

私のことは7ポケットを利用していて、認定調査関係、ケアプラン、サービス事業所報告、保険証写し、その他、利用票に分けています。

表紙の裏にファスナーがついていて、ここに記録がつづれるようになっています。

マチがついていて2cmくらいま広がります。表紙部分は180度に開けるので、ファスナーについては1cmくらいは綴れます。

しかし、経過が長いと当然、入りきらない…

指導監査のことを考えると2年分はファイルに残しておかないとマズイ。

今は過去の分について穴を開けて二穴ファイルに別保存をしているのですが、人数も多いので際限がない…

しかも、最近はサービス事業所が1ヶ月ごとにきちんと、モニタリング報告をして下さるので、ますます枚数が増える…

で、考えました…

これを電子化出来れば書類の保存が必要なくなるのではないか?

と…

しかし、ある程度、パソコンにたけた者であればソフトを利用してPDF化も簡単にできるが、スタッフ全員が出来るかというと難しい…

スキャナーの問題もある。

と思っていたら、事務機屋さんが現在利用しているリコー複合機(イマジオ)を利用してかんたん電子化ができると…

なんでも、コピーをするようにADF(オートドキュメントフィーダー:自動原稿送り装置)に電子化した書類を載せて、操作パネルから保存先のフォルダー(このフォルダーはパソコン側で作ることができる)を指定、あとはスタートボタンを押すだけで指定フォルダーに電子化されたファイルが保存される。

これはなかなか便利…

コピー機の操作なので誰でもできる…

唯一のネックが電子化されたPDFファイルが文字認識されていないことくらい。

まーこれは文字認識された文章を使うかどうかの問題なので、とりあえず電子化する分には差し支えはない。

ただ、問題は価格…

今のイマジオに専用のI/Fカードが必要で、I/Fカードとソフトで8万くらいする…

なんとも微妙な値段…

これが高いか安いか?

は、結局は利用頻度によるのだと思う…

ただ、もてあましているファイルを個々の職員で電子化できるメリットは大きいようにも思う…

ちなみに、ソースネクストから発売されている「いきなりPDF from スキャナ 2」を使っても簡単に出来るのですが、手順を覚えてもらうには意外と面倒…あと、スキャナーの問題があり(もちろんイマジオはネットワークでつながっているので、スキャナーとしてもプリンターとしても使用できる)、いったん原稿をセットしてパソコン側で操作、終わったら原稿を取りに行くと言うことをしなければならない。

あと、PDFファイルへの変換はパソコンのスペックに依存。その間、パソコンが使えない訳ではないが、使いにくい状態が続く…

イマジオを利用してPDF化する場合はイマジオ側で処理をしてファイルを転送するだけなので、パソコンのスペックは関係がない。

しかも、イマジオの前でできるので、行ったり来たりしなくても良い。

このあたりもメリットだと思う。

職員が二人くらいなら別に行ったり来たりでも良いかもしれないが、6人になると、結構、大変だと思う…

うーむ。

コストパフォーマンスをよくよく考えて見なければならないですね…

(あと、せっかくの高いイマジオを有効利用できるのも大きいですね)

みなさんは、利用者さんのファイルの管理をどのようにしていますか?

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第5回医師とケアマネの合同シンポジウム 無事終了!!

ケアマネの皆様。お疲れさまです。

7月になってから雨が多いように感じる今日この頃です。

さて、11日に第5回医師とケアマネの合同シンポジウムが開催され無事に終了しました。

参加者は120名くらい、会場は一杯ではありませんでしたが、それなりの人でした。

今回は講演はなく、シンポジウムのみ

テーマは「病院と在宅のかけはし」~切れ間ない多職種間の連携~でした。

各シンポジストから意見発表をしてもらい、その後に意見交換。

会場からいくつかの意見が出たのですが、残念なことに若干テーマから離れていて、私としてはちょっと消化不良気味…

もう少し、連携を困難にしていることや工夫することで連携がしやすくなることなどの意見交換が出来れば良かったと思いました。

ただ、各シンポジストの話しなかで、連携で困ったことに対してどうしたかなどの話しも話されていたので、少し参考になりました。

今回、参加されている医師やケアマネ、他の職種の方々は在宅に熱意を持った方たちなので、実は問題になるのはこういう場に興味の無い人たちが問題になるように思う。

私自身が一番問題に感じているのは入院病床を持っている病院の病棟に勤めている看護師さんではないかと思う。

というのは、シンポジストで地域連携室の看護師さんが話しをされていたのですが、退院の話しをいきなり持ってきて対応をして欲しいと言われても、準備がとても間に合わないと言う事があったと言われていました。

そうなんです。

実はこれからの連携を考える上で外せないのは実は病棟看護師ではないかと思います。

病気の治療が終わり、いざ在宅へと言うとき、もちろん退院を決定するのは医師ですが、退院後の生活を考えるのは結局は受け持ちの看護師になると思う。

そうなると、病院に勤める病棟看護師が在宅についての支援をしっかりと学ばなければ、切れ目のない在宅支援は非常に難しい。

最近になり、2つの病院の病棟看護師さんから「在宅支援について教えて欲しい」と相談があり勉強会を開きました。

介護保険がはじまり9年が経っていても、介護保険制度をどのように使っていけば良いのかは実際に現場にいる多くの看護師は知らない場合が多い。

制度のことは知っていてもどう活用したらよいのかも分からない。

地域連携室などがある病院はまだ、相談できるので良いが、それでも300名を越える病院で地域連携室に携わる人たちは多くても6名程度。

当然、とても全ての人には関わることは出来ない。

そうなれば、その役割を一番担わなければならないのは結局は病棟看護師さんとなってしまう。

もちろん、すべてを病棟看護師さんするのでは負担も大きい。

そこで大切なのは「連携」であるが、残念なことの多くの看護師の方々は何をどこへどう連携すれば良いのか、タイミングはいつなのかが分からない。

今、医療・介護・福祉の制度が大きく変わり、病院もいかに在院に数を短くするかを考えなければ病院の運営自体が難しい世の中であり、そのために患者さんをいかに退院させるかを考えなければならない。

と、なると、これからは病棟に勤める看護師さんはとても重要な役割となるわけで在宅のスタートの号砲をならすのは病棟看護師さんと言っても過言ではないように思いました。

このあたりの事をもう少し討論できたら良かったと思いました。

シンポジウムが終了し、夕方からは合同の懇親会

今回は医師の方が一人、手品ショーをかってでてくださり、大盛り上がり。

途中、ちょっと困っている一人のケースの方で、参加されていた主治医とデイケアの責任者と私でミニ検討会なんかしてしまい。

結果的に結構、ありがたい返答をもらうことができました。

とても楽しい、懇親会でした。

皆様の地域でも、是非、地域の医師会へ相談をされてみてはいかがでしょうか?

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些細な言葉が…

お疲れさまです。

あっという間に金曜日。ケアマネの皆様は給付は無事、国保連合会に提出できましたか。私は本日、無事に伝送ソフトVer5で伝送いたしました。
(#´ο`#) はぁ~

明日はいよいよ、医師との合同シンポジウムでございます。

さて、今日の話題は「些細な言葉が…」です

実は昨日、看護学校の実習生さんが来ていたので、認定調査事務所の方の認定調査の現場を見てもらおうと、一緒に利用者Iさん宅へ訪問
もちろんIさん、認定調査事務所の方の許可をもらっています。

調査の方は順調に進んでいたのですが、Iさんから突然、「あんた、その話し方をやめて欲しい…ワシは子どもじゃないんだから、そんな風にいわれるとなんか嫌や」と…

その言葉とは利用者の話したことに対する相づちで、「ほうやね、ほうやね」という言葉。
ホントに何気ない言葉なのですが、結構、ことあるごとに多用していた(というか、その方にとっては普通に会話の中での相づちなので、まったく違和感はない)

Iさんはどんな方かというと、普段は陽気で、そんなに怒る方ではありません。

調査の過程の中でIさんにとって何か調査員の方に対して「嫌」なものを感じたのだと思う。

その結果、些細な言葉は非常に気になったのだと思う。

確かに、感じ的には相手のことを受容する感じではなく、子どもが話しをしているときに親が返事をしているような感じを受けないでもない感じであったように思う。人が感じる感覚的なものなので、微妙なのですが、同じ言葉を話しても日本語の場合は言葉の高揚、早さ、間合いや表情などで受ける側の感じ方は違ってくると思う。

調査員の方は最後に、きちんと「失礼な言葉遣いがあって、ごめんなさい」と何度も誤っていました。

私たちが何気なく普段使っている言葉でも、もしかしたら知らない間に相手を「不快」にしている事があるかもしれない。

その事を「嫌」と言ったIさんはある意味、ありがたい存在だと思う。

もし、Iさんに指摘されなければ、調査員の方はその事にはまったく気づくこともなく、同じ事を繰り返すと思う。

しかし、今回、Iさんに指摘された事で、きっと「今度から気をつけよう」と思うと思う。

では、私たちケアマネはどうだろうか?

私たちケアマネと利用者との関係で考えると、どうしても利用者さんはケアマネに対して、嫌なことを「嫌」と言う事は難しい。

嫌と言うときはすでに利用者さんのなかで「ケアマネを変えよう」と思ったときかもしれない。

その時が自分が気づくチャンスなのかもしれない。その時に勇気を持って「自分の何が悪かったのか?」を確認してみようと思う。
もし、不快な思いをさせていたことに気づけたのなら、その不快にさせたことについて、しっかりとお詫びをして、言ってもらったことで、自分の勉強になった事を伝えたいと思う。

もしかして、今現在も自分が知らない間に普段使っている言葉で相手を不快にさせているかもしれない。

と、今回、つくづくと気づかされました。

気を付けねば…

気を付けねばなりませんね。

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インテークで如何に相手の心をつかむか?

お疲れさまです。( -。-) =3

最近、頭の具合が良くないケアでございます…(バカはもともとだけど、片頭痛が夕方になると起こる…)

さて、今日の話題は「インテーク」

面接において実は、インテークが一番、難しいのではないでしょうか?

お互いにはじめて合うわけで、始めはこれから支援をしていく側と、支援を受ける側として話しが始まる。

ケアマネは「この人はどんな人なんだろうか?どういう状況なのだろうか?」などなど知りたいことは一杯…

反対に利用者はどう思っているのだろうか?

もし、自分が利用者の立場だったら?

と考えていても、これは難しい話し…というのは利用者さんがどういう状況でどういう思い出、面接に臨んでいるかで利用者が感じる思いは全く違う。

本当に困っていて助けて欲しいと言う思いの方とインテーク面接をするときは利用者はこちらが聞いたことに対して「この人がきっと助けてくれる」と思うからこそ、一生懸命話しをするだろう。

では、こういったケースの方は簡単なのか?というとそうでもない

というのは、そう言う思いの方のほとんどの人は”今、困っていることをとにかく聞いて欲しい。そして助けて欲しい”と言う事が全面に出てくるので、ここで如何に、その事だけに集中せずに他の情報を上手に取るか?

困っていることの事実だけをとらえるのではなく、なぜ、そうなっているかの原因のアセスメントをして、何をどのように支援することで困っていることが解決できるのか?をしっかりと全体をアセスメントしつつ考えなければならない。

その結果、サービスを利用することで解決が図れるようであれば、同時にサービスについても一緒に考える。

そうする中で、徐々に信頼関係が成り立っていく。

気を付けなければならないのは、相手の思いをまずはしっかりと受け止めること。話しをしっかりと聴くこと。
「あたりまえだ」と思うかもしれないが、ついつい自分の欲しい情報を得たいがために、一生懸命に訴えている人の話とはかけ離れた事をいきなり聞いてしまう事がある。

これは厳禁。自分が欲しい情報があっても、如何に相手の話を傾聴しつつ、その話しに関連づけながら自分の欲しい情報へ誘導をしていくかはケアマネの力量にかかっている。

さて、難しいのは、病院などから胎位のためにとりあえず介護保険を勧められて、訳も分からないが言われたから介護保険を使うケース

こういう場合は、相手が自分たちをどう思っているか?をきちんと見極めないと、まったく面接にならなくなってしまう…

前のケースなどのも同じであるが、絶対にセールスをしてはいけない。

紹介者からどのように話しを聞いているのか確認し、自分たちの役割を伝え、介護保険制度についてもしっかりと説明をする。

その中で、今の状況の中で自分たちの何に役に立つのかを自分たち自身で理解してもらわなければならない。

ここでセールス(サービスの押し売り)をしてしまうと、失敗をしてしまう。

理解が得られれば後は現状、困っていることを話しをしつつ欲しい情報を上手に引き出していく。

これも、前と同じく、傾聴を基本に情報を取りたいがばかりに、アセスメントシート通りに聞いていくのはダメである。上手に話しがつながるように勧めなければならない訳である。

どちらにしても、結局は如何に相手から信頼をされるか?がポイントで、信頼を得るためにはどうしたらよいか?をしっかりと考えないと、信頼関係が成り立たない状態で話しを次から次へと聞き続けると、相手は不信感しかいだかなくなる。「この人は、こんなにもいろいろと何のために聞いているのだとろうか?」と言う不信が芽生えてしまっては今後の関係は築けなくなってしまう。

インテーク面接では如何に、上手く信頼を得られるか?

信頼関係さえ築くことができれば、インテーク面接で情報が少々抜けてしまっても、あとから確認をすれば良いわけである。

相手の心(ハート)をつかむ面接

ケアマネだけではなく、援助職者には大切なことではないだろうか…

本当に上手い人の面接に同行すると、本当に空気のように相手の心に入りこんで行き、こちらから何も言わなくても相手からどんどんといろいろな話しが湧きだしてくる。

これが、なかなか難しい…

”すごい”の一言です…

皆さんはインテーク面接は得意ですか?

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伝送ソフトVer5が届きました

今日は暑いですね…金沢は非常に蒸し暑い…

土曜日にカナダに永住している友人が久々に日本に戻ってきて話しをしていると、カナダも夏は非常にあつく36~8℃ぐらいまでは上がるそうです。

ただ、湿度が低いのでカラッとした暑さで、日なたにでると刺すような暑さだそうで、日陰にはいると涼しいので、家では窓を開ければ涼しいそうで、エアコン無しで暮らしている人もいるそうです。

おっと、前置きが長くなりました。

先日、国民健康保険中央会へ注文をしました伝送ソフトVer5が届きました。

3万円の代引きでしたが、今回はいつもと違って非常に重い…

なぜに?こんなに重いのか??

開けてみてびっくりです。

これまでは伝送ソフトVer5と簡易入力ソフトの操作マニュアルと伝送ソフトVer5の入ったCDだけだったのですが、今回からなんと「介護報酬改定等に伴う請求関係資料」なるものが入っておりました。

これが、また電話帳よりも分厚く重い…総ページ数は1212ページ…

中身はと言うと、介護給付費請求の手続きの説明(ここに毎月の請求事務の内容まで書かれている)から介護給付費請求内容の記入について、請求事務基礎資料(いわゆるコード表など)がすべて書かれていました。

これまでは、自らダウンロードして印刷しなければならなかったものを、一冊の本にしたようです。

残念ながら詳しい解釈通知まではなく、あくまでも請求に関してと、基礎資料としての介護給付費単位数表・算定構造のみです。

しかし、一番分かりにくかった請求業務について詳しく書かれているので、1冊あっても損はない本だと思います。

ただ、全てで3万の価値があるか?

といわれると、疑問は残りますが、前回のVer4に比べれば、格段に得した気分になりました。

ちなみに、添付されていた資料を読んでいると、ソフトの費用としてではなく、あくまでも利用するための料金という考え方で、その部分の文章を抜粋すると…

「利用料(30,000円)については、平成21~23年度間における厚生労働省の通知等によるソフトの改修経費、使用方法等の問い合わせに対応するためのヘルプディスクの運営経費等により設定しております。なお、余剰が生じた場合は、期間内に予定されております次期OS対応に係る経費等に充てる予定としております。」

との事…

と言うことは23年までの利用料なので、24年からは新たに利用料を支払わなければならず、また新しいバージョンに変わるという事は確定な訳ですね…なんだかウィルスソフトに近い物を感じますね…

これもしかして、いわゆる天下り機関が管理運営をしていたりして…

おっと!

それは言わずにおきましょう…

給付業務について知りたい人は少々高いですが、買う価値はあるかもしれません…ただ、すでに知っていて伝送を使う必要が無い人は給付業務について書かれたどこかの出版社が発行している本で十分だと思います。

また、国民健康保険中央会のHPにきっとPDFファイルで同じ物が存在すると思うので、それを印刷する方が安上がりだと思います。

ではでは…

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伝送ソフトVer5

お疲れ様です。

昨日、国保連合会より返戻が届いた

エラーを調べようと、伝送ソフトで国保のサーバーへアクセス…

??

つながったが、その後、固まってしまった…

やむなく、強制終了して、再度、サーバーへアクセス…

また、固まる…

どうも、バージョンチェックで引っかかる様子…

その後、送受信するのをやめて、受信のみをすると、うまく動いたが、データーがないと言われる…

あれ?

そんなはずはない…仕方なく、国保へ連絡、事情を話すと、サーバーを調べてくれた。

曰く「確かに、アクセスされていますが、サーバーからはデーターがなくなっています」

とのこと。

もしかして原因は伝送ソフトのバージョンか?

実は新しいバージョンのお知らせが来ていたのですが、まぁ大丈夫だろうとそのままVer4を使っていた。

国保の担当の人曰く、「いままでよく大丈夫でしたね…」と

と、いつつも「サーバーにデーターを戻すのでもう一度、試してみてください」

と親切にデーターを戻してくれました。

もう一度、国保へアクセス

今度は上手くいきました。

やっぱり、新しいバージョンを購入するしかないか…

今のはやりのインターネットを利用した物へ変更しようかとも思ったが、月々1000円で年間12000円、3年で36000円…

国保の新しい伝送ソフトは30000円

実はISN回線を止めるのであれば、インターネットを利用した方が得なのだが、うちはISDで2回線の電話回線を利用しているので、止めることはできない…

それなら、やっぱり国保の新しい伝送ソフトを購入するしかないか…

で、結局、FAXで注文をしました。

すぐに返信FAXが届き、2、3日中に届くとのこと…

伝送ソフトだけを5000円くらいで販売をするつもりはないのだろうか…

簡易ソフトと抱き合わせはそろそろ勘弁して欲しいと思う今日この頃です…

皆さんのところはどうしましたか?

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7月になりました。

お疲れさまです。

6月のモニタリングは無事に終了いたしましたか?

今日からはや、7月、2009年もはや半年過ぎちゃいましたね。

早いですね…

昨日、夕方から某病院から「面接」について教えて欲しいとのことで、勉強会をしておりました。
そもそもは看護研究で調査をするためにアンケートではなく聞き取り調査をとる事になったが、どういうふうに面接をしたらよいのかが分からないとの事で教えて欲しいと言う依頼でした。

時間も少ないので実際に聞き取りたい内容を確認して、SSTやロールプレイを利用して実践的な形で行いました。

さーて、役に立ったかは?ですが、良い看護研究になると良いと思います。

で、その帰り…

私ではないのですが、勉強会で講師をしてくれた人の帰り道の話し…

帰り道に車で中央分離帯のある大きな道路を走っていると歩道になんとなく心配な感じおじいちゃんが両手で杖をもってとぼとぼと歩いていたそうな…

いったんは行き過ぎたが、気になって中央分離帯の切れ目でUターンをして、おじいちゃんの横に車を止めて、窓を開けて「大丈夫?どこまで行くの?」と声を掛けると

「家に帰ろうと思っている…ここを行けば金沢へ行けるだろうと思って」

とそのおじいちゃんの向かっている方向は金沢と逆方向…

こっちは違うよ…反対になるよと言うと

「そうか…」

名前を聞くとちゃんと答えてくれたのですが、住所を聞くと町名丁目までしか分からない…

しかたがないので、104に電話をして名前と町名丁目まで聞くと、とりあえず電話番号が分かったので、さっそく連絡をするが話し中で全くつながらない…

で、しかたなく110番をする事にした。

110番をすると「わかりました、今から向かいますのでハザードを上げてそのまま待っていてください」

と言われ、しかたがないので、そのおじいちゃんを車に乗せて待つことに…

相当長い時間歩いてきたのだろう…おじいちゃんは汗臭く、やや脱水気味。車にあったお茶を渡すとムセながらごくごくと飲んだそうな…

「あ、あんたの分、無いがんになった…」

なかなかかわいらしいおじいちゃん…

話していると、かなり認知症が進んでいる感じだったとか…

しばらく待つとようやくパトカーが到着

おじいちゃんを車から降ろそうと助手席に周り、ドアを開けると警官Aが「あんたはいいから」と自分がおじいちゃんの介助し始め、挙げ句におじいちゃんはつまずき転びそうになる…

…いきなり、その言葉はないだろう…

と思った。

警官Bが「ありがとうございました。家族から捜索願が出ていて、私たちも探していたんです。」と

110番通報なので事情徴収が必要とのことで、自分の車に乗り、これまでの経緯を話した。

講師をして疲れた挙げ句に親切をして、警官Aから言われた言葉は非常に腹が立ったと朝話しをしていた。

ちょうど、面接の勉強をしていた後の出来事だったので、警官もしっかいりと面接の勉強をしなければならないと強く感じた。

親切でしたことにきちんとした対応が出来ないのであれば、親切をする側が「警察に連絡をすると面倒だから関わるのはやめておこう」と思う人も出てくる。

人の感情というのは相手の話し方しだいで変わる。

私たちの仕事も信頼関係が大切であり、相手の気持ちを引き出せる面接をしなければならない。

相手から信頼されなければ、本当の気持ちを引き出すことはできない。

人の振り見て我が振り直せで、気を付けようとつくづくと思った…

自分たち支援者はどれだけ、対等な位置にいるつもりでも、利用者さんに取ってはどうしても自分(利用者さん)たちは私たち支援者は上になってしまう。

それをどこまで相手の目線までに落としていけるかも重要だと思う。

見下したような支持的な面接はしてはならないと思う。

しかし、警察では何を教えているのだろうか…

きっと、面接の勉強も自白のさせ方なんかで、脅迫的な話し方しか習っていないのかもしれませんね…

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