おばあちゃん看護日記

旅立ちました…

おばあちゃん看護日記

タイトルを作って、少しでも長く続けられればと思っていましたが、おばあちゃんは28日午前11時に息を引き取りました。

最後は苦しむことも無く、眠るように旅立ちました。

家族で見送ることが出来たことはとても大変でもありましたが、良かったと思います。

振り返れば、どんなときでも私を一番支援してくれたのはおばあちゃんでした。

会社を立ち上げた時、資金に苦しんだ時もおばあちゃんが支援をしてくれました。

それがなければ、今は無かったと思います。

本当にありがとう…

今後は天より私を見守って下さいね…

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おばあちゃん!!第1話

気づけば8月もも終わりですね。

あんなに暑かったのに、先週から急に涼しくなりましたねぇ~

体調管理をしっかりしないと、調子を崩しそうですね。

我が家は祖父・祖母と同居しています。

祖母は2年ほど前に膵臓癌と診断され、当時のICで「何もしなければ半年、抗癌剤などをつかっても1年」と言われていました。

しかし、その後、抗癌剤が効いていたのか主治医の先生もビックリするくらい「膵臓癌がこれほど大きくならないのはめずらしいです。肺への転移は見られますが進行はゆっくりです」と言われていました。

ところが、今年に入り、幻覚や妄想が強くなり、家族、特に父へ(父は養子です)被害妄想が強くなり始めました。

やむを得ず、専門医へ相談、とりあず入院して様子を治療をする事となりました。

ところが入院してもあまり状態は変わらず、今度は病院の職員さんに対する被害妄想が強くなり始めました。

7月に入った頃から「自分は癌でない。薬は飲まなくてもいい」などと言う事がみられはじめました。

7月の末に急に状態が悪くなり、膵臓の癌が大きくなり始め胆管を圧迫、黄疸が見られるようになりました。

入院先の8月5日、病院から連絡があり、ICを受け年齢も考えて、このまま積極的な治療をせず緩和治療ををお願いしました。

私自身は実はおばあちゃん子でばおあちゃんには一番、世話になったと思います。

会社の立ち上げの時も、資金が不足した時にお金を貸してくれたのもおばあちゃんでした。

本当に感謝感謝です。

おばあちゃんはずっーと「家に帰りたい、帰りたい」と言っていました。主治医に相談をした所、「今、動かすのは危険かもしれない…」と言われたのですが、おばあちゃんの帰りたい気持ちをなんとか叶えたいと、外出をお願いし、8月11日に3時間だけ自宅へ外出しました。

まだ、この頃は意識はありました。

帰った後、「このまま、病院で最後で良いのか?」

とかなり悩みました。

いくら私がそう思って連れて帰ると言っても一人では世話は出来ない。

母親に相談し、母親も「家で看取る」と言う選択をしてくれました。

8月12日に主治医相談、主治医は「状態があまりよくないので動かすことはあまり良くないと思う…外出したことをとても喜んでいたで帰りたいと言うことも言わなくなった…」

結果的には準備の関係(お盆休みを挟んでいる関係もある)もあり17日の状態を見て答えを決めることになりました。

母にもその旨を伝え、結果的には「19日に自宅へ連れて帰る」と言う事を決めました。

17日、担当のケアマネ(私じゃないです)と一緒に入院先の病院へ

つくとすぐに、「おばあちゃんの様子見てこられましたか?」と言われ、様子を見に行くとびっくり…意識もほとんど無く、黄疸も強い状態…

先生からのICを受け、「連れて帰るのなら今しかない、自宅で看取ることがおばあちゃんの負担にならないかも考えて決めてください」と言われました。

母親と叔母(母の妹)が相談し「連れて帰る」と言う事になりました。

そこから、すぐにストレッチャー対応の車を手配(ここで救急車が使えないのが痛い…)、幸にもベッドは自費で借りていた物が入っていたのでリモコンを交換してもらい1Mを2Mへ

在宅酸素については主治医へお願いし、訪問看護と在宅医については12日の時点で打診をしていたためすぐに対応をしてもらました。

17日14時にICを受け15時30分には自宅へ無事に帰りました。

すぐに訪問看護さん、主治医の先生に診てもらうことができ本当に感謝です。

今日で10日目、低空飛行状態が続いています…

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